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zoom RSS 中山平絵図面(古地図)/大崎市鳴子温泉・遊佐家所蔵

<<   作成日時 : 2009/05/30 23:20   >>

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大崎市鳴子温泉焼石亦の遊佐家の蔵から25年前に発見された古地図(絵図面)を
見せていただきました。

中山平古地図


大きさは8畳ぐらいあります。
広角レンズでも全面はうまく撮れず斜めからとなってしまいました。
また、照明・フラッシュ等は使わず遊佐家の客間での撮影のため画像の鮮明さに
欠ける点はご容赦ください。(画像クリックで拡大されます)

年代は不明で、所有されている遊佐家でもこの古地図を所有している言い伝えも
無く、偶然に蔵から見つけたということでした。


描いた年代も作者名もなく、地図に使われている色の説明があるだけです。
中山平古地図



北には花渕山が描かれ、南は宮城県加美町との境にある国見山、西は山形県
最上町の県境付近、東は現在の東蛇ノ湯付近までの大谷川が描かれています。

西は現在の最上町堺田と宮城県大崎市鳴子温泉の県境
画像


北は花渕山
画像



地図の中心は「山神」となっていて現在の大崎市鳴子温泉川端、山神社の付近です。
画像


さらにこの古地図はほぼ同じ図柄のものがもう一枚遊佐家に保管されています。
発見したのは3枚あり、残りの1枚は鳴子の公民館に寄贈したということです。
(公民館はなぜか閲覧ができないようなので遊佐家で拝見させていただきました)

山の部分の色合いが最初の地図は黒っぽい色でしたが、この地図は青い色が
出ています。

画像



また、岩の形が少し違っていたりしますが全体的にはほぼ同じです。
画像


所有している遊佐さんも年代が全くわからないので記されている家のお墓の墓碑銘を
調べたり、蛇の湯(松本家)が大谷川の南側にあることで明治43年以前、さらに南原に
ある穴堰が記されているので1659年以後というような推測をするしかないと語られて
いました。

大谷川の南に位置する蛇湯の松本家の所に「庄エ門」、さらにその南には「湯神」という
祠も記されています。
画像



1659年に完成した「南原穴堰」の入口と出口が記されています。
画像


この南原穴堰は1331メートルの穴堰(あなぜき)で19年の歳月を要して完成しています。
その功績があった遊佐平左衛門を偲んで建てた「遊佐大神」の石碑です。

遊佐大神



誰が何の目的でなぜこのような絵図面を作成したのか?
なぜ3部もあるのか?

1部を鳴子の公民館にも寄贈しているのに大崎市の文化財にも指定
されていないし・・・

謎の多い中山平絵図面ですね。

大崎市鳴子温泉川端・焼石亦周辺(中山平温泉)
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=38.7233886&lon=140.66283649&sc=6&mode=map&pointer=on&home=off



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中山平絵図面(古地図)についての考察
鳴子温泉焼石亦の遊佐家の蔵から見つかった絵図面(古地図)は3部 あり、2部は遊佐家にあり1部は鳴子公民館に保管されていました。 ...続きを見る
馬耳湯風(ばじとうふう)
2009/06/03 20:46

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